お役立ち情報

クリニックで起きやすい労務トラブルとは?就業規則・勤怠の整え方

スタッフから退職を告げられたとき、理由として挙げられた言葉に心当たりがなかった、という経験のある院長は少なくないのではないでしょうか。

クリニックで起きる労務トラブルの多くは、院長が把握していないところで進行します。

残業代の計算方法への不満やシフトの決め方への不公平感、有給を言い出せない空気は、どれも日常業務のなかに埋もれていて、表に出るのは退職の申し出や退職後の請求という形になってからです。

とはいえ、これは院長の目が届いていないから起きるわけではありません。

一般企業なら人事部や総務部がやっている仕事を、クリニックでは院長が診療の合間に処理しているのが実情です。

院内のルールが法令とずれていても、それに気づいて院長に伝える担当者が、クリニックにはいません。

この記事では、クリニックで実際に起きているトラブル7例を挙げたうえで、就業規則と勤怠の整え方、2026年10月から義務になるカスタマーハラスメント対応、トラブルが起きたときの初動、誰に何を頼むべきかの役割分担を順に解説します。

労務トラブルの多くは院内の仕組みが原因なので、順番に手を入れれば起きる確率は下げられます。まずは、自院に当てはまるものがないか確認していきましょう。

クリニックで労務トラブルが起きやすい3つの理由

クリニックで労務トラブルが起きやすいのは、労務管理の判断が院長一人に集中し、院内ルールの整備や見直しが後回しになりやすいためです。

専任の労務担当者がいないクリニックでは、院長が診療や経営と並行して、採用、シフト、勤怠、有給休暇、退職などに対応します。その結果、対応がその都度の判断になり、スタッフによって扱いが異なったり、口頭で決めた内容が記録に残らなかったりすることがあります。

特に注意したいのは、次の3つです。

  • 院長に相談と判断が集中している
  • スタッフ数の増加に合わせた労務手続きができていない
  • 就業規則や勤怠ルールを現在の働き方に合わせて見直していない

たとえば、パートやアルバイトを含め、常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則を作成して労働基準監督署へ届け出る義務があります。就業規則を変更した場合も届出が必要です。

これらは、院長の能力や人柄ではなく、クリニックの管理体制から生じる問題です。自院に当てはまるものがある場合は、個別のトラブルに対処するだけでなく、労務管理の仕組みそのものを見直しましょう。

ここから、それぞれの理由を具体的に解説します。

院長が経営者と上司を一人で兼ねている

一定規模以上の企業であれば、スタッフの不満は主任や課長といった中間管理職を経由して経営者に届きますが、クリニックにはその中間が存在しません。

院長は採用の決裁者であり、給与の決定者であり、シフトの承認者であり、同時に毎日となりで働く直属の上司でもあります。

スタッフから見れば、院長に不満を伝えることは雇い主に評価を下げられるかもしれない行為になるため、不満は院長に届く前にスタッフ同士の会話のなかに溜まっていきます。

院長が最初に異変を知るのが退職の申し出や労働基準監督署からの連絡といった最終形になるのは、この経路の詰まりが原因です。

さらに院長自身も、診療中は医師として振る舞い、診療後は経営者として判断を切り替えることになります。

指導したつもりの一言が、相手には評価者からの叱責として受け取られる。

同じ言葉でも発した側と受け取った側で意味が変わるこのずれが、ハラスメントの申し立てに発展する入口になります。

スタッフが10人になると就業規則の義務と法定労働時間が変わる

クリニックの労務では、スタッフが10人になった時点で2つのルールが切り替わります。

ひとつは、就業規則です。

常時10人以上の労働者を使用する事業場には、就業規則を作成して労働基準監督署へ届け出る義務が生じます(労働基準法第89条)。

もうひとつは、1週間の法定労働時間です。

診療所は保健衛生業にあたるため、常時10人未満であれば特例措置対象事業場となり、法定労働時間は週44時間まで認められます(労働基準法第40条、同施行規則第25条の2)。

しかし10人以上になると特例から外れ、他の業種と同じ週40時間に戻ります。

【スタッフ数で変わるルール】

項目常時10人未満常時10人以上
就業規則の届出義務なし労基署へ届出が必要
法定労働時間週44時間週40時間
残業代が発生する時間週44時間を超えた分週40時間を超えた分

この表で見ていただきたいのは、10人になった瞬間、それまで残業代が発生していなかった週4時間分が支払い対象に変わるという点です。

ここでいう10人は、パートや非常勤も含めた人数で、一時的に増えた場合ではなく通常の状態で10人以上かどうかで判断します。

つまり、週3日勤務のパートを1人増やしただけで、境界を越える可能性があります。

そして週4時間は、1か月に換算すると約17時間です。

時給1,500円のスタッフであれば、割増分を含めて1人あたり月3万円前後、複数名であればその数倍が未払いとして積み上がる計算になります。

就業規則には開業当時のまま「1週44時間」と書かれ、シフトもその前提で組まれ続けるため、退職者が過去の勤務記録を持ち出せば、この差額が未払い残業代として請求の対象になり得ます。

ルールを決めた日から一度も見直していない

開業時に社会保険労務士へ依頼して就業規則を整えた、というクリニックは少なくありませんが、問題はその後です。

有給休暇の年5日取得義務、割増賃金率の引き上げ、そして2026年10月から義務になるカスタマーハラスメント対策と、労務のルールは数年単位で更新され続けています。

一方で、自院の就業規則を最後に更新したのがいつかを、すぐに答えられる院長は多くありません。

法令のほうは動いているのに、院内のルールだけが開業日の状態で止まる。

この差が数年分たまったところに退職者や労基署の調査が重なると、一度に複数の指摘を受けることになります。

クリニックで実際に起きているトラブル7例

クリニックの労務トラブルは、特別な事情があって起きるわけではありません。

日常業務のなかで判断を先送りにしてきたことが、退職や請求といったきっかけで表に出るという形がほとんどです。

なかでも相談として持ち込まれやすいのが、次の7つです。

  1. 診療後の残業に、残業代が支払われていない
  2. 勤怠の記録がなく、労働時間を証明できない
  3. 有給休暇を申請しにくい空気になっている
  4. 労働条件通知書と実際の勤務内容が食い違っている
  5. 院長の指導が、スタッフにはパワハラと受け取られる
  6. スタッフ間の対立が、退職の連鎖につながる
  7. 退職日や有給消化をめぐって行き違いが起きる

前半の4つは書類と記録の整備で防げるもの、後半の3つは日々の運用が関わるものです。

ここからは、一つずつ具体的に見ていきます。

1.診療後の残業に残業代が支払われていない

診療終了後のカルテ入力、片付け、翌日の準備を「診療時間外だが勤務時間ではない」と扱っていると、未払い残業代の対象になる可能性があります。

厚生労働省のガイドラインでは、労働時間を使用者の指揮命令下に置かれている時間と定義しており、明示的な指示だけでなく黙示の指示による作業も含まれるとしています。

院長が残ってほしいと言っていなくても、その作業をしなければ翌日の診療が回らない状況であれば、労働時間と評価される余地があります。

さらにクリニックの場合、前章で触れた週44時間の特例が絡みます。

自院が特例の対象かどうかで残業代が発生し始める時間が週4時間ずれるため、前提を取り違えたまま数年分が積み上がると、請求額も大きくなります。

賃金請求権の消滅時効は5年に延長されていますが、経過措置として当分の間は3年とされています。

つまり、数年前の分までさかのぼって請求される可能性があるということです。

2.勤怠の記録がなく労働時間を証明できない

タイムカードはあるものの打刻の時刻と実際の勤務時間がずれている、あるいは打刻自体をしていないスタッフがいる。

こうした状態でトラブルになったとき、不利になるのはクリニック側です。

使用者には労働時間を適正に把握する義務があり、記録が残っていない場合、スタッフが提出した手帳やメモが労働時間の根拠として扱われることがあります。

「そんなに残っていないはずだ」という院長の記憶は、記録の代わりにはなりません。

勤怠記録は残業代を計算するためだけでなく、請求を受けたときに反論するための材料でもあります。

3.有給休暇を申請しにくい空気になっている

少人数のクリニックでは1人が休むと診療が回らなくなるため、有給を取りにくい構造があります。

ただし年10日以上の年次有給休暇が付与されるスタッフについては、年5日を確実に取得させることが使用者の義務で、パートスタッフも勤続年数と労働日数の条件を満たせば対象になります。

申請が出てこないから取得させていない、という状態は義務を果たしていないことになります。

そして有給の問題は、退職時に一気に表面化します。

残日数をまとめて消化したいという申し出と引き継ぎの予定が衝突し、退職の話し合いがこじれる原因になります。

4.労働条件通知書と実際の勤務内容が食い違っている

採用時に伝えた条件は、労働条件通知書へ正確に反映し、実際の働き方と一致させる必要があります。

口頭で説明しただけでは、入職後に「聞いていた勤務条件と違う」と指摘されても、双方が合意した内容を確認できないためです。労働条件の明示は使用者の義務であり、賃金や労働時間などの事項は書面などで交付しなければなりません。

特に認識の差が生じやすいのは、勤務時間、残業の有無、試用期間中の条件、担当業務・就業場所とその変更範囲です。

採用前に、求人票、面接での説明、労働条件通知書、実際のシフトや業務内容が一致しているかを確認しましょう。入職後に条件を変更する場合も、本人へ説明し、合意した内容を記録に残すことが重要です。

5.院長の指導がハラスメントとして受け取られる

クリニックでは、院長が評価と給与を決める立場でありながら、日々の業務を直接指導する立場も兼ねています。

一般企業であれば、日常の指導は現場の上司が行い、評価は別の階層で決まります。

この2つが同じ人物に集まっていると、指導のつもりで言った一言が、スタッフには評価者からの叱責として受け取られることがあります。

特に問題になりやすいのが、他のスタッフや患者がいる場所での指摘です。

受付での対応について待合室で注意すれば、内容が正当であっても、本人は同僚や患者の前で責められたと受け止めます。

指導の必要があるときは、場所を変えて、その場にいる人数を減らすだけでも受け取られ方が変わります。

6.スタッフ間の対立が退職の連鎖につながる

スタッフ同士の関係悪化は、院長が把握しないまま長期化することがあります。

診療中は誰もが同じように振る舞うため、院長の前では問題が見えません。

複数名が同時期に退職を申し出て、そこで初めて分かるというケースも珍しくありません。

対応が難しいのは、事実確認の段階です。

対立の当事者双方から話を聞いても、院長が聞き手である限り、どちらも自分の評価を下げないことを意識して話します。

相手の非を強調する、自分に不利な部分は触れない、あるいは「問題ありません」と答えて終わる。

こうしたやりとりが続くと、院長は何が起きているか分からないまま、結果として放置することになります。

有効なのは、院長以外が話を聞く場をつくることです。

評価に関わらない相手であれば、スタッフは事実に近い内容を話しやすくなるでしょう。

7.退職日や有給消化をめぐって行き違いが起きる

退職の申し出そのものより、そのあとの調整でこじれることが多くあります。

行き違いが起きやすいのは、退職日、有給消化、引き継ぎ範囲の3点です。

退職日は、就業規則に申し出の期限が書かれていても、民法上は期間の定めのない雇用契約であれば申し出から2週間で退職できるため、規則どおりにならないことがあります。

有給消化については、退職予定者にも在籍中は取得する権利があり、引き継ぎが終わらないことを理由に一方的に拒否すれば、それ自体が新たなトラブルの原因になります。

引き継ぎ範囲は、何をどこまで引き継ぐかを決めていないと、最終出勤日の直前になって作業が積み上がります。

いずれも、感情的な対立に発展すると労働基準監督署や労働局への相談につながることがあり、これを防ぐためには、申し出を受けた時点で、退職日、有給の残日数、最終出勤日を先に確定させるのが重要です。

有給を消化すると、実際に引き継ぎができる期間は想定より短くなるため、日数を把握してから、引き継ぐ業務の優先順位を決めます。

退職対応の具体的な進め方は、以下の記事で時系列に沿って解説しています。

関連記事:スタッフがすぐ辞めるクリニックの特徴7つ|院長が改善すべきこと・外部に任せるべきこと

トラブルの多くは就業規則と労働条件通知書で止まる

前章で挙げた7例のうち、残業代、勤怠、有給、労働条件通知書に関するものは、書類が整っていれば防げるか、少なくとも争いになったときに説明できます。

逆に言えば、この2つの書類が実態と合っていないクリニックでは、同じトラブルが繰り返されます。

就業規則は開業時に作って以来そのまま、労働条件通知書は雛形を使い回している。

この状態が何年も続いているクリニックは珍しくありません。

ここでは、それぞれ何を確認すればよいのかを整理します。

就業規則は「作る」より「実態と合わせる」

常時10人以上のスタッフがいるクリニックには作成と届出の義務がありますが、10人未満でも作成しておく意味があります。

書かれていないルールは、トラブルになったときに存在しないものとして扱われるためです。

そして義務の有無より重要なのが、内容が現在の運用と一致しているかという点です。

開業時に作った就業規則をそのまま使っている場合、次のような食い違いが起きています。

【就業規則で実態とずれやすい項目】

項目よくあるずれ
1週間の労働時間44時間と書かれているが、スタッフが10人を超えている
休憩時間60分と書かれているが、実際は交代で30分ずつ
時間外労働の扱い残業の申請方法が定められていない
有給休暇年5日の時季指定について記載がない
ハラスメントパワハラ・セクハラのみで、カスタマーハラスメントの規定がない
休職期間や復職の判断基準が曖昧

ずれたまま運用を続けると、就業規則と実態のどちらが正しいのかを、当事者同士で争うことになります。

特に労働時間と休憩は、残業代の計算に直結する項目です。

なお、就業規則を変更した場合は、スタッフへの周知が必要です。

作成しても院長のパソコンに保存されているだけでは、効力を持たない可能性があります。

労働条件通知書は入職時の食い違いを防ぐ書類

労働条件の明示は使用者の義務であり、口頭ではなく書面(本人が希望した場合は電子メール等も可)で交付する必要があります。

明示すべき項目には、契約期間、就業の場所、従事する業務、始業・終業の時刻、休憩、休日、賃金、退職に関する事項などが含まれます。

さらに、2024年4月から明示すべき事項が追加されました。

就業場所と業務の「変更の範囲」を明示する必要があるという点です。

クリニックの場合、分院への異動の可能性や、受付と医療事務を兼務する可能性などがこれにあたります。

入職後に「聞いていた仕事と違う」という主張が出るのは、この範囲が伝わっていないためです。

開業時に作った書類はいつ見直すべきか

見直しが必要になるきっかけは、大きく3つあります。

【就業規則・労働条件通知書を見直すタイミング】

きっかけ何が変わるか
スタッフ数が10人を超えた就業規則の届出義務が生じ、法定労働時間が週44時間から40時間になる
シフトや手当の運用を変えた実際の運用と書類の記載がずれる
法改正があった該当する条文の追加や修正が必要になる

スタッフの増員や運用変更は院長自身が決めたことなので見直しにも気づけますが、法改正は院内で何も変わらないまま基準だけが動くため、知らないうちに実態がずれていきます。

直近では、2026年10月から義務になるカスタマーハラスメント対策がこれにあたり、パワハラやセクハラの規定はあっても、カスタマーハラスメントの条項が入っている就業規則は多くありません。

つまり就業規則と労働条件通知書は、一度作って終わりではなく、実態と法令の両方に合わせ続ける書類だということです。

まずは自院の就業規則を開き、最後に更新した日付と、いま挙げた項目が入っているかを確認するところから始めましょう。

2026年10月から義務になるカスタマーハラスメント対応

2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策が事業主の義務になります。

根拠となるのは、2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法で、指針は2026年2月26日に告示されました。

対象はスタッフを1人でも雇用しているすべての事業主で、規模による猶予期間はありません。

クリニックも当然対象となり、患者からの言動でスタッフの就業環境が害されている場合、院長には対応する義務が生じます。

同じ日から、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も義務になります。

こちらは採用の場面が対象なので、院長が一人で面接をしているクリニックでは、より注意が必要です。

何がカスタマーハラスメントにあたるのか

指針では、カスタマーハラスメントを顧客等の言動であって、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されるものと定義しています。

クリニックで問題になりやすいのは、次のような場面です。

【クリニックで起こりやすい場面】

場面具体例
待ち時間受付で長時間にわたり大声で責め続ける
診療内容への不満診断や処方に納得せず、受付に繰り返し電話をかける
予約・会計規定外の対応を求め、応じるまで帰らない
個人への攻撃特定のスタッフを名指しして侮辱する、SNSに書くと迫る

ここで難しいのは、患者からの申し出がすべてカスタマーハラスメントになるわけではないという点です。

体調が悪い状態で来院している以上、言葉が強くなることもあります。

正当な苦情と、許容範囲を超えた言動を切り分ける必要があり、その線引きを受付スタッフ個人の判断に委ねている状態が、最も危ういといえます。

なお厚生労働省は、対策を講じるにあたって消費者の心理や障害特性、認知症の症状についての理解を深める取組を推奨しています。

クリニックでは、認知症や精神疾患のある患者への対応がこれに重なる場面があり、一律に線を引けない領域です。

採用面接も同じ日から対象になる

求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置は、採用面接やその前後のやりとりが対象です。

クリニックの場合、院長が一人で面接を行い、場所は診察室や院長室、連絡は院長の携帯電話やメッセージアプリという進め方が珍しくありません。

この形は、第三者の目がなく、やりとりの記録も残らないという条件が揃っています。

何か起きたときに事実関係を確認する手段がないため、クリニック側も自らを守れません。

面接に別のスタッフが同席する、連絡は院として使用しているアドレスや番号から行う、といった運用に変えるだけでも状況は変わります。

クリニックが10月までに整えること

指針で求められている措置は、大きく次の4つです。

【事業主が講ずべき措置】

措置クリニックでの具体例
方針の明確化と周知カスタマーハラスメントを容認しない方針を決め、スタッフと患者の双方に示す
相談体制の整備誰に相談すればよいかを決め、スタッフに周知する
事後の迅速かつ適切な対応事実確認、対象者への対応、被害を受けたスタッフへの配慮
プライバシー保護と不利益取扱いの禁止相談した事実を理由に不利益な扱いをしない旨を定める

このうち方針の明確化は、就業規則への条項追加という形で対応するのが一般的です。

パワハラやセクハラの規定はあっても、カスタマーハラスメントの条項が入っている就業規則は多くありません。

そして相談体制については、クリニックの場合、相談先が院長しかいないという構造上の問題があります。

受付スタッフが患者から強い言動を受けたとき、診察中の院長には伝えられず、その日のうちに共有されないまま終わることも起こり得ます。

まずは、院内で起きた患者とのやりとりを記録する方法と、誰がそれを確認するのかを決めるところから始めましょう。

自院の状態を確認する10項目

ここまで、トラブルが起きる構造と実際の事例、そして整えるべき書類を見てきました。

自院がいまどの段階にいるのかは、記録や書類を確認すれば判断できます。

以下は、院長の記憶ではなく、実物を見て答えることを前提にした10項目です。

就業規則、労働条件通知書、タイムカード、有給の管理簿を手元に置いて確認してください。

【自院の労務リスクを確認する10項目】

No.チェック項目該当
1就業規則を最後に更新したのが3年以上前、または更新日が分からない□
2現在のスタッフ数(パート・非常勤を含む)が10人前後で、就業規則の届出状況が分からない□
3就業規則に書かれた1週間の労働時間と、実際のシフトが一致していない□
4診療終了後の片付けやカルテ入力の時間が、勤務時間に含まれていない□
5タイムカードの打刻時刻と、実際の退勤時刻がずれているスタッフがいる□
6年次有給休暇管理簿を作成していない、または年5日取得できていないスタッフがいる□
7入職時に労働条件通知書を書面で交付していないスタッフがいる□
8就業規則にカスタマーハラスメントに関する条項がない□
9スタッフが患者とのトラブルを相談する先が、院長しかいない□
10過去1年以内に退職したスタッフの退職理由を、記録として残していない□

該当した数で、優先して着手すべき範囲が変わります。

【該当数ごとの進め方】

該当数状況次にやること
0〜2項目大きな問題はない状態該当した項目を個別に修正し、年1回の確認を習慣にする
3〜6項目書類と運用がずれ始めている就業規則の見直しと勤怠記録の整備を、この順で進める
7項目以上複数の領域で同時に対応が必要未払い残業代のリスクがある項目(4・5)から着手する

この表で確認していただきたいのは、該当数が多いほど急ぐという話ではないという点です。

金銭的な請求につながる項目と、体制の整備にあたる項目では、優先順位が変わります。

なかでも項目4と5は、過去にさかのぼって請求される可能性がある領域なので、該当した場合は他より先に確認してください。

一方、項目8と9は2026年10月の義務化に関わるため、期限が決まっているという別の意味での優先度があります。

そして10項目のうち、院長が一人で完結できるのは書類の確認までです。

どの条文をどう直すか、記録の取り方をどう変えるか、スタッフにどう説明するかという段階に進むと、判断と実行の両方に時間が必要になります。

労務管理のタスクと誰がやるのか

労務トラブルを防ぐには、業務ごとに「誰が担当するのか」を決めておく必要があります。

クリニックでは、就業規則の作成は社会保険労務士へ依頼し、トラブルが起きたら専門家へ相談する一方で、その間にある日々の管理が院長任せになりやすいためです。

労務管理のタスクは、大きく次の3つに分けられます。

【労務管理の3つの区分】

区分主なタスク主な担当者
ルールを作る就業規則、雇用契約書、残業・有給休暇のルールを整える院長・社会保険労務士
日々の運用を行う勤怠の確認、有給休暇の管理、給与計算に必要な情報の整理、スタッフからの問い合わせ対応院内の労務担当者・事務長・外部委託先
問題が起きたときに判断する未払い残業、ハラスメント、退職、解雇などへの対応を決める院長・社会保険労務士・弁護士

このなかで特に抜けやすいのが、日々の運用を行う担当者です。

勤怠の打刻漏れや有給残日数の確認を「気づいた人が行う」状態では、記録の不足や対応のばらつきが生じます。

担当者が決まっていない3つの業務

日々の運用のなかでも、特に担当が決まらないまま残りやすい業務が3つあります。

  • 法改正への対応が必要かどうかの判断
  • スタッフへのルールの説明
  • スタッフからの相談の受け止め

法改正への対応が必要かどうかの判断は、社会保険労務士に依頼していても、契約が給与計算と手続きの範囲であれば対象外です。

改正があったことに気づき、自院に影響があるかを判断する役割は、どこにも割り当てられていません。

スタッフへのルールの説明も、規程を作った側の業務ではありません。

就業規則を変更したとして、その内容を朝礼や面談でどう伝えるかは、院内で決めることになります。

スタッフからの相談の受け止めは、3つのなかで最も表に出にくい業務です。

相談先が院長しかいない状態では、評価に関わる相手に不満を伝えることになるため、内容が上がってきません。

この3つに共通しているのは、誰の契約範囲にも入っていないまま、必要性だけが残っているという点です。

そして担当が決まらない限り、法改正には気づかず、ルールは伝わらず、相談は届かない状態が続きます。

制度を作る人と運用する人は違う

就業規則を整えても、それだけではトラブルは減りません。

書かれたルールが守られ、変更があればスタッフに伝わり、運用の実態とずれたら修正されるという循環がなければ、書類は棚に戻るだけです。

むしろ、ルールがあるのに守られていない状態は、ルールがない状態より不信を生みます。

有給の申請方法が就業規則に書かれているのに、実際には申請しても通らない。

こうした状況では、スタッフはルールそのものを信用しなくなります。

外部に相談する場合も、依頼先によって対応できる範囲が異なります。

【相談先ごとの対応範囲】

相談先対応できること対応しにくいこと
社会保険労務士就業規則などの規程整備、手続き、法令対応日々の運用や院内の調整
弁護士法的な請求への対応、紛争の解決発生前の予防と日常的な運用
事務長代行記録の整備、院内の調整、施策の実行士業の独占業務(専門家との連携が前提)

どの相談先が優れているという話ではなく、自院に足りていない区分がどこなのかで選ぶことになります。

規程がないなら社会保険労務士、すでに請求が来ているなら弁護士。

そして規程はあるのに運用できていない場合は、日々の記録と院内の調整を担う人が必要です。

院長が一人で抱えたままだと、同じことが起きる

ここまでに挙げた対策は、どれも院長が理解していれば実行できる内容です。

実際に止まるのは、理解の手前ではなく、実行の段階にあります。

就業規則のどこを直すべきかは分かっても、その修正をいつ依頼し、変更後にスタッフへどう説明するのか。

勤怠の記録を変えると決めても、誰がその新しい運用を毎月確認するのか。

この「誰が」が決まらないまま診療の日々が戻ってくると、半年後に同じ状態に戻っています。

労務トラブルが繰り返されるクリニックは、対策を知らないのではなく、対策を実行し続ける担当者がいないという点で共通しています。

トラブルが起きてしまったときの初動

退職したスタッフから請求が届いた、労働基準監督署から連絡が来た、患者とのトラブルでスタッフが出勤できなくなった。

すでに起きてしまった場合、最初の数日の対応によって、その後の展開が変わります。

共通して避けるべきなのは、院長がその場で結論を出そうとすることです。

請求内容を認めるのか争うのか、退職を認めるのか慰留するのかといった判断を、事実関係を確認しないまま示すと、後から修正できなくなります。

ここでは、起きた直後から1か月までの進め方を整理します。

まず確認するのは、記録があるかどうか

何が起きた場合でも、最初にやることは同じです。

主張されている内容について、自院に記録が残っているかを確認します。

未払い残業代の請求であればタイムカードと賃金台帳、ハラスメントの申し立てであれば当事者の勤務状況と、相談を受けた事実の有無。

この確認をせずに回答すると、後から記録が出てきて説明が変わるという事態になります。

【トラブルの種類別・最初に確認する記録】

起きたこと確認する記録
未払い残業代の請求タイムカード、賃金台帳、就業規則の労働時間と休憩の規定
ハラスメントの申し立て当事者双方の勤務シフト、過去の相談記録、面談の記録
退職をめぐる対立労働条件通知書、有給の残日数、退職届の受領日
労基署からの連絡指摘された項目に対応する書類一式

この表のとおり、確認すべき記録はトラブルの種類ごとに決まっています。

裏を返せば、これらの書類が揃っていないクリニックは、起きた時点で対応の選択肢が狭まります。

相談先は内容によって変わる

院長が一人で判断できない段階に入ったら、外部に相談することになります。

ただし相談先は内容によって変わり、どこに持ち込んでも同じというわけではありません。

【内容別の相談先】

内容相談先
就業規則や賃金計算の適否、労基署への対応社会保険労務士
法的な請求への対応、訴訟や労働審判に発展しそうな場合弁護士

判断に迷う場合は、まず社会保険労務士に状況を伝え、弁護士に引き継ぐべき段階かを確認するという進め方が現実的です。

なお、すでに労働審判や訴訟の通知が届いている場合は、期限が決まっているため、この判断を待たずに弁護士へ相談してください。

起きた直後から1か月の流れ

対応の順番は、内容が違ってもおおむね共通します。

【トラブル発生後の進め方】

時期やること
当日事実確認を始める旨だけを伝え、結論は示さない
3日以内関係する記録を集め、主張と突き合わせる
1週間以内社会保険労務士または弁護士に状況を共有し、対応方針を決める
2週間以内相手方への回答を行い、記録に残す
1か月以内同じ原因で再発しないよう、書類と運用を修正する

この流れで重要なのは、最後の1か月以内の工程です。

目の前のトラブルが収まると、原因となった書類や運用の修正は後回しになります。

同じ原因で二度目が起きたとき、一度目の対応を認識していながら放置したという経緯が残ることになります。

そして実際に止まりやすいのも、この最後の工程です。

院長が事実確認と専門家への相談に時間を取られたあと、書類の修正とスタッフへの説明まで自力で進める余力が残っていないためです。

トラブルへの対応と再発を防ぐ見直しを一人で進めるのが難しい院長へ

記録を集め、専門家に相談し、相手方へ回答する。

ここまでを診療と並行して進めたあと、書類の修正とスタッフへの説明まで手が回らないまま終わることがあります。

そして修正されなかった部分から、同じトラブルが二度目として起きます。

「レンタル事務長さん」では、起きた出来事の整理と、原因になった書類や運用の見直しを、院長に代わって進めます。

規程の作成や法的な判断は社会保険労務士・弁護士の業務範囲になるため、必要に応じて専門家と連携しながら対応します。

まずは、いま院内で何が起きているのかをお聞かせください。

クリニックの労務トラブルに関するよくある質問

院長からいただくことの多い質問にお答えします。

Q. スタッフが10人未満でも、就業規則は必要ですか

法律上の作成義務はありませんが、就業規則がないと運用できない制度があります。

代表的なのが懲戒処分で、懲戒の種類と事由が就業規則に定められていなければ、問題のある行為があっても処分の根拠を示せません。

休職も同様で、期間や復職の判断基準が決まっていないと、スタッフが長期の体調不良になったときの対応が場当たり的になります。

10人未満であっても、こうした制度を使う可能性があるなら、作成しておくほうがよいでしょう。

Q. カスタマーハラスメント対策は、何から始めればよいですか

まず、就業規則にカスタマーハラスメントに関する条項があるかを確認してください。

パワハラやセクハラの規定はあっても、カスタマーハラスメントの条項が入っていないクリニックは少なくありません。

そのうえで、患者とのトラブルが起きたときに誰へ相談するのかを決め、スタッフに伝えます。

規程の追加については社会保険労務士に依頼することになりますが、相談先を決めて周知するところまでは院内で進められます。

Q. 残業代をさかのぼって請求されたら、どう対応すればよいですか

その場で認めるか争うかを回答せず、まず記録を確認しましょう。

タイムカード、賃金台帳、就業規則の労働時間と休憩の規定を集め、請求内容と突き合わせます。

賃金請求権の消滅時効は5年に延長されていますが、経過措置として当分の間は3年とされているため、数年分がまとめて対象になる可能性があります。

金額が大きくなる場合や、労働審判・訴訟の通知が届いている場合は、期限があるため弁護士に相談してください。

Q. 事務長代行に労務を任せたら、社会保険労務士との契約は不要になりますか

不要にはなりません。

就業規則の作成・変更や社会保険の手続きの代行は、社会保険労務士の業務範囲です。

事務長代行が担うのは、勤怠記録の確認、スタッフへの説明、院内の調整といった日々の運用で、社会保険労務士とは担当する範囲が異なります。

すでに顧問の社会保険労務士がいる場合は、その契約を続けたまま、契約に含まれていない運用の部分を補う形になります。

クリニックの労務は仕組みで防ぐもの

クリニックで労務トラブルが起きやすいのは、院長個人の判断と記憶で運用が回っているためです。

院長が経営者と上司を兼ね、スタッフ数の変化でルールが切り替わり、法改正を院内に伝える人がいない。

この3つが重なることで、残業代、勤怠、有給、ハラスメント、退職をめぐる問題が、退職や請求という形になって表に出ます。

ただし、その多くは就業規則と労働条件通知書を実態に合わせることで防げます。

そして2026年10月1日からは、カスタマーハラスメント対策と求職者等へのセクシュアルハラスメント対策が、規模を問わずすべての事業主の義務になります。

まずは自院の就業規則を開き、最後に更新した日付と、この記事で挙げた項目が入っているかを確認してください。

すでにトラブルが起きている場合は、結論を出す前に記録を集め、内容に応じて社会保険労務士または弁護士へ相談しましょう。

ここまでに挙げた対策は、どれも院長が理解していれば実行できる内容です。

それでも同じトラブルが繰り返されるのは、書類を直し、記録を取り続け、スタッフに説明するという作業を、診療のかたわらで続けられる人が院内にいないためです。

院長、一人で労務を抱え込んでいませんか?

労務の問題は院内のスタッフに相談しにくく、同業の院長にも知られたくないため、先送りになったまま時間が過ぎていきます。

「レンタル事務長さん」は、クリニックに特化した事務長代行サービスです。

勤怠や有給の管理、就業規則の運用、スタッフとの面談、入退職の手続きといった日々の実務を、院長に代わって進めます。

レンタル事務長さんの3つの強み

1. 書類を整えるだけでなく、運用まで担当する

就業規則の作成や変更は社会保険労務士の業務範囲ですが、その後の記録と確認、スタッフへの説明は院内に残ります。

この部分を引き受け、専門家との連携が必要な場面では間に立って調整します。

2. 第三者の立場でスタッフの相談を受け取る

院長が唯一の上司である以上、スタッフが不満を直接伝えるのは簡単ではありません。

外部の立場だからこそ話してもらえる内容を整理し、院内の課題として院長に共有します。

3. 月12.5時間から、必要な範囲で依頼できる

常勤の事務長を雇用するほどの業務量ではないクリニックでも、負担の大きい業務から順に任せられます。

このような状況でお悩みではありませんか

  • 就業規則をいつ更新したか分からない
  • 2026年10月のカスハラ義務化に何も着手できていない
  • 勤怠の記録が実態と合っているか確認できていない
  • スタッフからの相談を受け取る窓口が院長しかない

相談は無料です。無料相談では、自院の状況を伺ったうえで、院内で対応できることと外部に任せたほうがよいことを整理します。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の労務・税務上の判断については社会保険労務士・税理士にご確認ください。
※記載している制度の内容は公表時点のものであり、最新の状況とは異なる場合があります。

について詳しく知りたい方はこちら

「レンタル事務長さん」で
\ 診療外業務を1/5に! /

\「レンタル事務長さん」で診療外業務を1/5に! /